娘の大切さに改めて気づく

娘を出産して3か月ほど数日に1度の食材の買い出し以外は家にこもりっきりだった。
幼い娘を連れて遊びに出かけることもできなかったし、結婚してから住み始めた街だったため、親しく話をするような知り合いもいなかった。

そもそも出産前の1か月は切迫早産で入院し、産婦人科の建物の中から一歩も出られなかったため、実質4か月ほど外界との接触があまりない状態だった。そんなある日、夫が半日、娘の面倒を見ると申し出てくれた。
私は何か月ぶりかに電車に乗って繁華街に繰り出した。
お金はなかったけれど、久々に街中をブラブラ歩き回りたかったからだ。

改札を出た途端、私は言葉を失った。
おしゃれをして楽しそうに通り過ぎて行く女の子たち。
それがとても眩しく見え、それと同時に産後の疲れ果てた肌や髪をしている自分、妊娠後、服も買わず、おしゃれからも遠ざかっていた自分がひどく惨めに感じた。

駅からすぐのファッションビルに入ったものの、世界が色鮮やか過ぎて、自分との落差に泣きそうになった。
自分が置いてけぼりにされている、そんな風に感じた。
結局何も買うことなく、街中をぶらつくこともあまりせず、娘のことも気になって、私は早めに帰宅した。
帰りの電車の中で、自分はなんでこんなに早く結婚したのだろうか、早く母親になったのだろうかと考えていた。

しかし、帰宅して、娘の寝顔を見ると、そんな憂鬱な気持ちは消えていった。
とにかく娘の寝顔が可愛い。
娘が愛おしい。

確かにおしゃれはなかなかできないし、独身時代のように自分にお金をかけることもできない。
欲しい物も我慢しなければいけない。
好きなように遊ぶこともできない。
しかし、私にとっては娘といっしょにいれること、娘の笑顔、娘の成長、それが最も価値のあることなのだとその時気付いたのだ。

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